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無事に送ってあげる事が出来ました。

昨日、母の告別式を無事に終える事が出来ました。
僕が母にしてやれる最後の親孝行。
今の自分に出来る最高の式にしてやりたいと思っていました。
お金を出すだけじゃ意味がないので、自分らしい演出で母を送ってあげようと決意。

手持ちの機材、手段をフル活用しました。

まずは、連日徹夜で、式場で流すスライドショー作成。
母はこういう風に幸せに生きていたんだよ。と参列者に見てもらいたくて・・・
家族での旅行やドライブ、食べ歩きで撮った母の満面の笑みの写真を選びぬきました。いつも笑顔だったので、かなりの枚数になってしまったのですがね・・・

次に母がカラオケを歌って録音したカセットテープをデジタル化
スライドショーのBGMです。

そして、棺に入れてあげる写真の作成。
母が子供の頃や家族で撮った思い出の写真をスキャンし印刷。
倒れてから1ヶ月以上も何も食べられずに逝ったので、食べ物の写真も印刷。
しめて200枚以上印刷してしまいました。

と、簡単に書いていますが、正直辛かった・・・
母の写真を見ているだけで、母の歌声を聞くだけで涙が次から次と流れてきました。
地獄の苦しみのようで自分が壊れていくのも感じていました。

そして通夜当日、喪主自ら式場に23インチモニターとスピーカーとPCを持ち込んでセッティングし、スライドショーと母の歌を再生。
そのテーブルに思い出の写真を並べました。

どうやら、その演出は成功したようです。
参列者から、こんなに色々な所に行ってたんだ・・・
こんなに幸せそうな顔で・・・
幸せだったんだね・・・
との声をいただきました。
葬儀屋さんからも、自分も親孝行しなきゃと思いました。と言われたし
隣の式場の参列者もトイレの帰りに足を止めて見てくれていました。
母の同級生も昔の写真を懐かしそうに見てくれていましたし
叔母からも、こんなに姉さんを幸せにしてくれてありがとう。と言ってもらえました。

その後、喪主の挨拶。
頭が真っ白になったのですが、前回のブログに書いたようなことを話しました。
従兄弟が自分より先に泣いてくれたので、ある意味助かりました。

そして、母の十八番のカラオケの歌詞カード、思い出の写真、そして花で棺を埋め尽くしました。母はとっても綺麗でした。

遺骨を彼女の指定席であるナビシートに乗せて帰宅。
ようやく母をいつもの場所へ乗せてドライブ出来ました。

遺影の母は満面の笑みで
「私は幸せものだよ。ありがとう。」
と、言ってくれています。
でも、その微笑みと存在が、俺を幸せにしてたんだよ、母さん・・・

きっと母はあのキャラクターですから、向こうでも人気者でいる事でしょう。
そんな母に嫌われないようにしなくてはですね。
「母さん、いつかまた!! 俺もいつかそっちに逝くんだから。待っててね!!」

正直、食べ歩きもドライブも思い出がありすぎて辛いです。
しかし、母の霊前にコンビニ弁当だけあげる訳にもいかないですよね。
これからも彼女が幸せであるように・・・
どうやら、まだ親孝行は出来るようですね。それをモチベーションに頑張ります。

追記(喪主のあいさつ)
本日はお忙しい中、遠くにもかかわらず、母・熊谷貞子の葬儀に足をお運びくださいまして、誠にありがとうございました。
母生前中は何かとお世話になり、本当にありがとうございました。また、本日は多くの皆様にお見送りいただき、母もさぞかし喜んでいることと存じます。故人になり代わりまして厚くお礼申し上げます。
母は行年79歳、友人とカラオケを歌うこと、家族での旅行やドライブ、食べ歩きなど、老後を楽しく謳歌しておりましたが、9月6日に髄膜炎で意識不明となり、その後合併症も起こしてしまい、そのまま帰らぬ人となってしまいました。まだ元気だった母がよもや亡くなろうとは全く考えてもいませんでしたので、いまだ茫然としております。
数ヶ月前、母から「お母さんはお前のような子供を持って幸せだったよ」と言われたのが耳に残っています。
その時は、なんで過去形なんだよ。日本語はちゃんと使わないと。と笑ったのですが・・・
この言葉は僕にとって宝物となりました。
それに応えて、「母さんあなたが母親で本当に良かった。最高の母親だよ」と言ったら嬉しそうに「ありがと」と言って笑っていたのがつい昨日の事のように思い出されます。
今思えば、なんであのときあんな会話になったのか分かりません。
母は僕にとって、母であり親友であり恋人であり、そして子供のような存在でした。
最近は親しみをこめて「貞子ちゃん」と呼んでましたから。
彼女は生まれ変わっても、またあの人の子供になりたい。そう思える最高の母親でした。
僕は世界一のマザコンかもしれないですね・・・
でもそんな事を思える母を持った事を誇りに感じています。
翌朝、あー、嫌な夢だったなぁ…と起きれたらと毎日思っています。
たぶん、ずっとこれからも・・・
本日はどうもありがとうございました。
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この記事へのコメント

No title - katting - 2011年10月18日 10:50:26

お疲れ様でした。
私も今年の5月に母を亡くしました。
救急車で病院に運ばれる前日まで、草取りなどしていましたが
その5日後に急に逝ってしまいました。
喪主を務め、送って5ヶ月がたちましたが、いまだに
夢の中にいるような感じがしています。
この曲を聴いてたくさん涙を流しました。
この後も法要などがあり、大変でしょうが
頑張ってください。

http://www.youtube.com/watch?v=CB4EgdpYlnk

kattingさん - メタbow - 2011年10月21日 12:40:58

そうですか、kattingさんもお母様を・・・
そうですね。まだ夢の中にいるようで不思議な感覚です。
通夜、葬式まではたくさん泣きましたね。涙腺が壊れたのかと思うほど。

しかし、母の一生を写真で振り返ってみると、ほんといつも笑顔なんですよ。
それを見て、羨ましいくらいに幸せな人生だったのかな。と思えるようになってきました。
その笑顔いっぱいの母のDNAを継ぐ者の責任として、笑顔の多い人生を歩まねば・・・とも思っています。
でも、勝手に涙が流れたり、胸が痛くなったりするんですけどね。
いつかは自分も逝くんだから、それまでさみしいのは我慢かな・・・
法要は、また親孝行出来るチャンスだと思っています。
お互い、頑張りましょう。
コメントしにくい記事に対し、コメントありがとうございました。

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関東を中心に、美味しいものを求めて車で走り回ってます!!
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